4.医療の問題点と課題
(a)大阪社会医療センターの活動
大阪社会医療センターは、あいりん地区における唯一の公的病院として、国民皆保険制度と生活保護の狭間に置かれた労働者・野宿生活者に対して迅速な医療を供給することを目的として設立された。具体的には、無料低額診療事業を行う付属病院の運営と、社会医学的調査・研究を行う機関がある。
社会医療センターにおける受診患者の特徴は、高齢者が多いということと、最近受診者が急増していることにある。平均年齢は57歳を越えており、1日平均の受診患者数は、350名を越え、多いときには午前中だけで400名を越えることも珍しくない。不況による仕事のアブレで野宿せざるを得なくなり、連続した野宿は高齢者にとって酷使した身体をさらに痛めることになる。このような中で、施設への入所や生活保護受給を求めて受診する者も増えている。
なお、社会医療センターへの入院患者の入院・退院の原則としての系統図を示せば、図6の通りである。しかし、現実はこの通りスムーズに進まない。入院に当たっては、待機する空間がなく野宿生活化してしまう。また、退院に当たっては、本来療養期間を必要とするにもかかわらず、所得がないことによって、いきなり野宿生活化せざるをえない。
(b)入院日数の長期化と退院後のケア
大阪社会医療センターの許可病床数は100床であるが、実際に配置されているベッドは80床にすぎず、ほとんど満床の状態である。しかも、限られたスペースにすぎず、16床もの大部屋があるなど、入院環境は決して恵まれていない。平均在院日数は50〜60日となっており、一般病院と比べて長期化の傾向にある。
医療センターを受診する患者の多くは、疾病に対する病識の低さと、生活のために就労できる時には無理をしてでも働くために受診時期が遅れ、病状が一層進行しているケースが多い。また、過酷な肉体労働と過度の飲酒、偏った食生活、さらに劣悪な住環境により、年齢以上に身体が老化し、受診した時には回復不可能となっているケースや、手術の必要性を認めながらも体力の回復を待たなければ行えないケースがみられる。
さらに、退院後もすぐに重労働に復帰しなければならず、あるいは仕事がなければいきなり野宿生活を繰り返さざるをえない。このため、退院後の住宅でのケアを行うことが困難であり、再発する事態が常態化している。
このように、入院後すぐに手術ができず体力の回復期が必要なこと、手術後のリハビリ、体力の十分な回復が必要なこと、これらが入院期問を長期化させる原因となっている。
退院後のフォローを十分に行うには、一つは在宅での生活保護受給の方向があり、もう一つは福祉・医療設備を備えた療養型福祉施設の設立の方向もある。しかし、現実には、在宅にもとづく生活保護による療養には、敷金・家賃の準備、地域内での空きアパートの確保などが必要であり、結果的にはこのような療養は難しい。また、入所可能な福祉施設は釜ヶ崎とその周辺では限られており、多くの場合この地から離れた施設に入所するため、一貫した療養計画がたてられない。その上、このような福祉施設は、定員の関係上、いつでも入所できるわけではない。このような諸事情もまた、入院期間を長期化させることにつながっている。
(C)予防と再発防止
きわめて不十分な状況にある保険・医療を拡充するためには、治療を行うだけでなく、予防と再発防止が重要である。
とくに、98年夏以降、50人以上の赤痢の集団感染が発生し、大きな問題となった。しかし、十分な予防措置がとられることなく今日に至っている。
また、釜ヶ崎では、結核予防の街頭検診が定期的に行われているが、仮に結核が発見されても継続的な治療を受けている者はわずかである。その上、医療センターの受診患者においても、健康診断を希望する者は少数である。このため、日頃の健康管理が十分できていない。
これらの問題に対しては、公衆衛生上の措置をさらに充実させるなどの予防措置がとられる必要がある。
また、内科疾患で通院・入院する患者のほとんどが生活習慣病を罹患しているが、薬による治療だけでなく、食生活の改善による予防と再発防止も重要である。このため、栄養指導を行っているが、多くの患者は地域での食堂や炊き出しに頼る生活を送っているため、効果は発揮できず、大きな課題となっている。
(d)財政上の制約とケアミックス
社会医療センターは、釜ヶ崎における行政施策の一貫として地域における無料低額診療事業(注8)を行っているが、この財政は大阪府・大阪市からの補助金によって賄われていることから、収支の改善を強く求められている。とくに、今日では自治体財政の逼迫が補助金の予算化を厳しく制限している。
外来患者の増加は、診療減免の増加につながり、収支状況に大きな影響を与えている。また、釜ヶ崎における療養環境の悪さが入院における在院日数の長期化をもたらし、医業収入に大きな影響を与えている。
一方、医療・福祉をとりまく状況は厳しさを増し、病院については急性期医療か慢性期医療かのいずれかを選択することが、迫られている。社会医療センターは、これまでいずれも受け入れるケアミックスの病院として事業を行ってきた。今後、どちらかにシフトするのかを判断しなければならないが、現実的は急性期医療を守りながら、慢性期医療を行っていかざるをえない状況にある。そのためには、入院前後の期間に、療養できる施設を確保しなければならないが、それ以外にも開設以来28年を経過した建物の補修や構造上の問題の改善、医療機器の更新などについての予算化など、取り組むべき課題が多い。
今後の釜ヶ崎における保険・医療・福祉の拡充を進めていくためには、社会医療センターは新しい事業を視野に入れながら地域におけるネットワークを確立し、その中核としての役割を果たしていくことが重要である。
5.地域改善施策と市民理解に向けた啓発
(a)住宅事情とその整備
釜ヶ崎とその周辺には、現在かなり多くの低家賃の賃貸アパートがあり、入居条件も保証人や権利金・敷金が必要でないところも多く、そこには高齢単身世帯が入居しており、その多数が生活保護世帯である。
しかし、賃貸アパートのほとんどが老朽化しており、建て替え期を迎えている。とはいえ、建て替えをすれば家賃が高騰し、生活保護者の入居が厳しくなる可能性が高い。
釜ヶ崎地区住民・日雇労働者の高齢化が進む中で、なお簡易宿所が生活保護の「居宅要件」を満たさないと大阪市が判断している前提の下では、高齢単身世帯向けの公営住宅の整備を図る必要があるだろう。とりわけ、地区内及びその周辺を中心とした総合的な開発・整備を行うことが強く求められる。
なお、一時的施策として簡易宿所保護(「ドヤ保護」)は必要であるかもしれないが、以下に記しているように簡易宿所の設備が生活する上で不十分なことから、この施策は恒常化させるべきではないだろう。
(b)公衆施設の現状と課題
釜ヶ崎では仕事にアブレた日雇労働者はもちろん、恒常的に野宿生活・路上生活をせざるを得ない人達も、公衆のトイレや水道などを利用する。こうした施設が利用できるかどうかによって、彼らの生活環境は大きく異なる。
現在釜ケ崎には約200軒の簡易宿所があるが、中にはシャワー・炊事場などの付属設備がないところもある。また、公衆トイレは釜ヶ崎地区内にいくつか設置されているが、居住人口・利用者人口からみた場合圧倒的に不足している。その上、使用状況が良くなく、清掃態勢も十分整っていないことから、利用できない場合もある。その結果・放尿による悪臭と衛生上の問題などが生じている。公衆トイレの大幅な増設などの改善と、それにあわせて清掃関連雇用の創出が必要である。
この他、公衆シャワーや公衆浴場の設置と利用促進が図られる必要がある。身体を清潔に保つことは健康に生活していく上で重要である。釜ヶ崎に居住し、また野宿生活をせざるを得ない人々は、経済的状況によって入浴できず、そのことによって新たな差別や偏見を持たれる結果になっている。
現在でも公衆トイレの水道を利用して身体を洗っている人達が多くいることから、公衆トイレの増設とあわせて公衆シャワーの設置をも検討すべきであろう。また、公衆浴場組合などの協力を得つつ、行政が「風呂券」支給を行うなど、冬季を中心に公衆浴場の利用も検討に値する。
(C)不法投棄の削減と地域美化
釜ヶ崎内には、大量の不法投棄ゴミが日常的に発生しており、異常に雑然とした環境が醸し出されている。このことは、釜ヶ崎がそのことを受け入れる状態を常に許しているからではないかと思われる。道路上は、放置自転車や放置自動車(ほとんどが不法投棄)、違法な屋台・露店などが占拠した状況であり、不法投棄が行われても何ら違和感のない状態を日常的に維持していると言っても過言ではなく、不法投棄が新たな不法投棄を生み出していると考えられる。
現在も、地域団体と行政が中心となって不法投棄防止の取り組みを行っているが、地区内に居住するすべての人々とそこで働く者とが協力し、啓発活動などを強化しつつ、街ぐるみで恒常的な「クリーン作戦」などを企画し、行政と一体となった取り組みを行うことが必要である。
(d)余暇関連施設の充実
釜ヶ崎には、図書館や娯楽施設といった余暇を有意義に過ごせる施設が非常に不足している。そのことも手伝って、パチンコや競艇、恒常的な飲酒などの状況を生みだしている。古くは「碁会所」や「縁台将棋」などが地域内に多数存在し、日雇労働者の憩いの場として機能して、労働者間のコミュニケーションも取れていた。
現在、地区内には自彊館三徳寮に談話室と図書室(新今宮文庫)があり、またあいりん総合センター内に娯楽室(囲碁、将棋)が設けられているが、常に満員の状態にある。今後は、一人ひとりの労働者が憩うことができ、またコミュニケーションを図れるような施設や空間の整備充実が必要である。
6.公園管理と野宿生活者
(a)公園管理上の問題
公園の管理は、都市公園法及び大阪市公園条例にもとづき大阪市建設局によって行われている。公園でテント・仮設住居を設けて居住している人たちは、公園という公共空間を占有し、中には焚き火用に公園樹木を損傷したり、生活ゴミなどを無造作に放置したりする者もみられる。
また、近隣住民や公園利用者との間でトラブルが発生することもある。とくに公園施設の機能や美観が損なわれたことをめぐって、トラブルが発生する。あるいは、公園利用ができないといった公園機能そのものをめぐっての利用者とトラブルを起こすこともある。
公園の公共生問としての機能を取り戻そうとした時、野宿生活者達に強制退去を迫ることになる。しかし、野宿生活者もまた社会の一員であり、生きる基本的権利があることから、否応なく公園からの強制排除を行うことはできない。すなわち、管理当局と職員としては、人道的立場から彼らの生活権を保持する必要性と、条例通りに公園を公共性のある空間として管理する必要性との狭間に立って、苦慮している。
しかし、野宿生活という生活のスタイル自体、居住権が奪われた状態にあるわけで、日本の行政そしてまた一般市民の居住権保障への認識が弱いことに規定されて、野宿生活が放置されているのである。したがって、今日の状況の中では、公園管理者として取り組める課題も限られている。公園における近隣住民や公園利用者との摩擦を回避するために、野宿生活者に対して、テント周辺の清掃等への配慮や水道など公園内施設の利用に一定の節度とマナーを求めることが必要である。
しかし、なにより基本は、彼らが公園での野宿をしないですむような施策を大阪市全体として、さらに政府レベルで検討することを要請することにある。それが実現しない現状の中では、とりあえず、彼らの野宿生活からの脱出を支援するための相談・援助の道を探ること、また高齢・障害を抱える者に対しては生活保護の適用の途を探ることが、緊急の課題であろう。そしてまた、野宿生活者の分布が大阪市全域に広がっていることを考えれば、緊急に各区ごとに相談窓口を設けるべきではないだろうか。
(b)西成公園野宿生活者をめぐる取り組み
さて、こうした一般的な問題状況の中で、地域住民を交えた取り組みが生まれている。ここでは、西成区の西方に位置する西成公園における野宿生活者をめぐる取り組みに注目しておきたい。
西成公園には約250人の野宿生活者がテント生活を送っている。これに対し、住民から「子供を安心して遊ばせることができない」「広域避難場所なのに、今の状態では、十分機能しない」との不満があった。こうした中で、1997年に部落解放同盟西成支部は、野宿生活者問題も重要であるが、西成の街づくりの推進と防災計画の具体化の重要性・緊急性を大阪市に訴え、西成公園の整備計画の早期実行を求めた。
他方、同公園に暮らす野宿生活者とその支援グループは野宿生活者の生活場所確保の取り組みとして、公園での居住権を主張した。
大阪市を巻き込んだこの対立関係の中で、両者の一定の和解といくつかの新しい取り組みが行われた。
それらの結果、野宿生活者たちは、地域の利用に供する公園のリフレッシュのための工事であることに理解を示し、工事には協力するとした。他方、西成支部は1997年冬季の寒い時期にテントを移動することは人道的に不適切との判断から1997年12月着工を98年3月まで延期することを決めた。さらに加えて、西成支部は、野宿生活者の自立支援に向けた具体的施策の検討、個別の状況把握に向けた「個別相談会」の開催、大阪市・野宿生活者・支援団体・地元住民から構成される懇談会の設置を求め、大阪市もそれを了承した(部落解放同盟西成支部『ー変身、5年の軌跡ー西成の部落解放運動』1998年7月、44〜45ぺ一ジ。『野宿者ネットワーク』4号、1998年3月。同6号、98年9月)。
野宿生活者の問題が抜本的に解決したわけではなく、今後も検討すべき課題は多い。しかし、この西成公園をめぐる取り組みの中で、関係者の懇談会が設置されたこと、また地域住民団体において野宿生活者の自立支援に対する認識が高まったことは大きな成果だと思われる。ややもすると、地域住民と野宿生活者の間には偏見などに基づき対立が生じがちであるが、少なくともこうした問題を解決するような努力がなされている。
他の公園においても、いずれ住民との対立や摩擦が生じる可能性が大きい。その場合、何よりもまず当事者同士の意見交流の場が作られるべきだろう。それが問題解決に向けた第一歩であると考えられる。