4章 野宿生活者の就労による自立に向けた問題点と課題

4-1.野宿生活者の就労特性

(1)野宿生活者の就労の現状

 多くの野宿生活者は、「働きたいが仕事がない」という状況におかれ、野宿生活を余儀なくされているといえる。

 図4-1には、常用雇用促進事業に参加した元野宿生活者(自立支援センター入所者)を対象としたアンケート調査による回答であるが、「最も長く従事した職種」と「決定しそうな職種」(すでに就職決定した職種、決定しそうな職種を含む)をそれぞれの構成比で示したものである。

 「就職決定者」の母数が少ない関係で概ねの傾向として考慮する必要があるが、次のような特徴が見られる。

4-1.野宿生活者の職種

 「生産工程・労務」に最も長く従事した人が、新たな就職先としても同じ職種に就いている状況が読みとれる。

 こうした傾向は、「サービス業」についても見られるが、「決定しそう職種」ではやや低い構成比となっている。

 一方、「専門的・技術的職業」に最も長く従事した人の構成比は20%を超えているが、決定しそうな職種では低い割合に留まっている。これは専門的・技術的キャリアを有する元野宿生活者がそうしたキャリアを活かせるような就職先を見い出せずにいるともいえる。

 また、一つの大きな特徴として、これまで「保安職」についての最も長く従事した経験のない人が、決定しそうな職種として保安職をあげている。確かに、求人情報誌を見ても警備業の求人はたくさん掲載されており、ヒアリングを通じても若い人から高齢者まで多様な年齢層を雇用する業界で、人の出入りも激しいとの指摘があった。

 構成比は低いが「保安職」と同様な傾向は「農林漁業」「運輸・通信」についても読みとれる。

 サンプル数そのものが少ない中で性急な結論づけはできないが、今日の雇用吸収のある職種が従来から変化しており、確かに「生産工程・労務」に従事した経験のある元野宿生活者が同じ職種に就職できる可能性はあることも事実だが、「保安職」や「農林漁業」「運輸・通信」「サービス業」といった、これまでのキャリアとは異なる職種の選択をせざるを得ない状況になりつつあるように見られる。

(2)必要な多様性の視点

  自立支援センターに入所者の状況から推し量って、多くの野宿生活者がこれまでに長く従事した職種としては「生産工程・労務」「サービス業」「専門的・技術的職業」が多いと考えられるが、1万人近い数の野宿生活者が有しているキャリアは「多様であろう」といことが指摘できる。それは、弟2章で紹介している野宿生活者の聞き取り調査からも窺い知れるところである。

 一方、前項で指摘したが、野宿生活者がこれまで築いてきたキャリアを活かせるような「職種」が減少し、新たな職種を開拓していくこと(野宿生活者がこれまで携わってきた職業と異なる職種の開拓)が求められていることである。

 そのためには職業訓練やキャリアアップのプログラムを実施することが野宿生活者の就労を促進していくには避けて通れない課題といえよう。


4-2.野宿生活者の就労ニーズと求人(雇用)側の対応意識のミスマッチ

(1)求職職種の雇用規模縮小

 現在、景気低迷の中で我が国には340万人を超える失業者が存在し、野宿生活者自身も失業者の一人として新たな就職先を確保していかなければならない。

 野宿生活者の聞き取り調査結果については第2章に示したところであるが、野宿生活者が希望する職種としては「生産工程・労務」が調査対象者の半数近い割合を占めている。

 しかし、生産現場では外部委託化(アウトソーシング)や生産の請負化が進み、「アウトソーシング業」が出現するなどの新たな変化が生じている。また、建設産業の活力低下、機械化の進展による単純労働の減少などで建設業における従来見られたような雇用吸収力も期待できなくなってきている。

 このことは野宿生活者自身が希望する職業・職種が雇用規模を縮小していることであり、野宿生活者の就職を難しくしている。別な言い方をすると「野宿生活者」を生み出す要因の一つとなっていると言えよう。さらにいえば、我が国の産業構造そのものが大きく転換していく時代にあり、仮に景気回復が図れたとしても「生産工程・労務」といった職種に新たな雇用増大がどれほど期待できるか疑問といえる。それよりは「新規成長分野」といわれる産業分野(IT関連業種など)、あるいはサービス業において新たな雇用創出が図られていく時代になるであろう。

 こうした点を考慮すると、野宿生活者自身が従来自らが経験し保有するキャリアやスキルに囚われることなく、新たな就職先開拓の意識転換、そのための職業訓練やキャリアアップを志向していくことが求められる。

(2)求人(雇用)側の雇用要件

 求人(雇用)側の企業等は、雇用にあたって年齢や免許・資格、経験等を採用要件として提示しているケースが殆どである。さらに、野宿生活者にとっては、「野宿生活者」であること、あるは「元野宿生活者」ということからのハンディが被さり、就職をより難しくしている。

 野宿生活者は高齢化が進み企業等が要件とする「年齢」は、それだけで就職のチャレンジを萎えさせるものであり、門戸を閉ざすことになっており、野宿生活者の聞き取り調査においても「年齢制限を外して欲しい」との要望が強い。

 また、「野宿生活者」であること、あるいは「元野宿生活者」ということだけで就職の門戸を閉ざす企業もヒアリングした企業の中には見られ、何らかの改善が望まれるところである。さらに、「住所」や「身元保証」がないとの理由で「野宿生活者」「元野宿生活者」の受け入れに消極的な企業も見られることから、この点については自立支援センター等での適切な対処と同時に、自立支援センターに入所可能な定員も限られていることから、別途、新たな対応も求められる。


 4-3.野宿生活者の就労・自立支援の現段階と課題

(1)自立支援センターの機能強化

 この間、大阪市内に設置された自立支援センターが野宿生活者の就労のよる自立において大きな機能・役割を発揮していること、また、その可能性が大きいことはこれまでに見てきたところである。

 この自立支援センターが果たしている機能・役割をさらに拡充することが、野宿生活者の就労による自立を実現していく上での課題の一つである。例えば、現在の3施設の入所定員は280人で、大阪市内だけで8,660人(1998年8月「概数・概況調査」)存在するとされる野宿生活者に対して、ごく一部しか対応できない現状である。また、3ヶ月、6ヶ月で就労・自立して自立支援センターを退所する当初のプログラム−いわゆる「出口問題」への対応−が十分に機能しきれない面についても再検討が必要となろう。

 さらに、野宿生活者が就労による自立を図っていくためには職業訓練、キャリアアップのプログラムが是非とも必要であるが、この点でも自立支援事業のスキームとして整備されているとは言い難く、今後の課題となる。

(2)民間諸団体の取組

 NPOやNGO、さまざまな民間団体が野宿生活者の就労・自立支援に取り組み、一定の成果を上げている。「お米の勉強会」による野宿生活者に「食」を提供しようとして始まった支援の活動は、受け入れ側の農家の篤志に負う部分も大きいが、さまざまな関係者の努力で野宿生活者の就農を実現し、「お米の勉強会」の活動は「職」をも視野にいれた活動へと広がっている。

 しかし、こうした民間諸団体の取組はさまざまな制約のもとで困難を抱えいる。その取組を加速させるには行政を含めた連携−例えば、野宿生活者が就農する場合、必ずしも農業経験者というわけでなく、農業について素人が多いと思われる。彼らに一定の農業の基礎的な知識を教え、実務研修を行って就農することができれば、受け入れ側の農家でも負担の軽減、スムーズな受け入れが可能となるはずである。自治体にはいずれにも農業セクションがあり、技術指導研修センターを設置し、技術・ノウハウを有する職員も少なくないはずであり、野宿生活者の研修システムを行政として構築する(それは地域の農業振興にもつながる)など−の広がりが必要である。

(3)根本的な課題

 野宿生活者(ホームレス)問題が経済社会環境等の変化と相俟って出現している今日的な一つの貧困問題との指摘がある。世界的に見てもその定義こそ異なるが「ホームレス問題」を抱えており、韓国では先に「国民基礎生活保障法」を制定し、フランスでは「社会的排除に抗する法」、イギリスではブレア政権による「Social Exclusion Unit」という政府直轄委員会を発足させ、社会の周辺部に追いやられた人々に対する「社会統合」の対応を始めている。

 このように、野宿生活者問題、ホームレス問題、貧困問題に対する先進的ともいうべき動きが世界の各国で生まれており、我が国においても根本的な部分での対応が課題となっている。