3-2.常用雇用促進事業の取り組み状況
大阪府は、野宿生活者の就労による自立を支援するため、平成12年度大阪市内に設置された3カ所の自立支援センター入所者を対象に「野宿生活者常用雇用促進事業」を実施しているが、その事業概要は次のとおりである。
@目的
国の「ホームレス問題連絡会議」がとりまとめた「当面の対応策」に基づき設置された、自立支援センターの入所者(以下「入所者」という。)の就労による自立を促進するため、大阪府は自立支援センターの設置主体(以下「設置主体」という。)及び職業相談・斡旋等を行う大阪労働局と連携し、「常用雇用促進事業」(以下「本事業」という。)を実施することにより、入所者の常用就職等への円滑な誘導を図るものとする。
A事業の内容
○本事業の対象は、入所者のうち、勤労意欲と勤労習慣の醸成を図ることにより、常用就職による自立が可能と認められる者(以下「対象者」という。)とする。
対象者の選定方法は第4項に規定する。
○本事業の実施場所は、大阪府が、その管理する道路、公園等の公共施設から選定することとし、対象者は、別に定める作業指示書に基づき、清掃や除草等の作業に従事(以下「訓練作業」という。)するものとする。
○訓練作業期間は、原則として、土曜日、日曜日、祝日を除く、連続する6週間とし、年末年始及び年度末の週については、別に定める。
B実施主体
○本事業の実施主体は大阪府とする。
○大阪府が本事業を実施するにあたっては、大阪労働局及び設置主体と十分協議するものとする。
○事業の実施は、民間団体、企業等(以下「受託事業者」という。)に委託するものとする。
C対象者の選定
○対象者は、生活相談・指導が終了した入所者のうち、常用就職のための意欲・勤労習慣の醸成が必要と認められ、当該自立支援センター施設長、生活相談員及び職業相談員で構成するケース会議(以下「ケース会議」という。)から推薦を受けた者とする。
○対象者の推薦は、大阪府が提示する人数の範囲内とし、大阪府はケース会議と協議のうえ、次の選定基準に基づき最終決定するものとする。
(選定基準)
・野宿生活を相当期間経験した者
・職業生活に移行するため、生活習慣の改善が必要な者
・常用就職に向けて能力の再確認が必要な者
・その他、ケース会議が必要と認めた者
常用雇用促進事業は、野宿生活者が自立支援センターに入所し、就労による自立を促進するため、事業実施主体である大阪府と大阪市、自立支援センター、職業相談・斡旋等を行う大阪労働局、そして事業実施受託者であるNPOが緊密な連携を図りながら、入所者の常用就職等への円滑な誘導を図ることを目的としている。
平成12年度の事業の成果と評価については概ね次のとおりである。
@事業の成果
平成12年度常用雇用促進事業の対象となった自立支援センター入所者は、延人員にして138人に及んだ。事業は草刈り・清掃などを1クール30日間で2回に分けて実施した。作業従事者は、基本的には朝9時から夕方5時までの拘束時間(作業現場への移動時間等があるため)において、作業監督指導員のもとで実働5時間、当該作業に従事した。
事業参加者の就職状況(3月末時点での就職者のうち離職者は除いている)について3自立支援センター別に表3-3に示している。表中1回目の事業参加者の就職は全体で26人(45%)、半数近い人が就職を実現している。一方、2回目の事業参加者の就職は全体で15人(19%)であるが、これは事業終了直後の調査となったことから1回目と比べ低い就職率となった可能性があり、今後の就職実現を期待したいところである。
A事業評価
常用雇用促進事業が、参加者の就職実現や自立に向けてのより良い方向での条件整備になっているとの指摘は本事業の関係者よりなされている。次にそうした指摘のいくつかを紹介する。
○賃金が就労・自立の支度金
l 自立支援センター大淀では入所期間6ヶ月の出口問題を抱え、48名の退所者があった。その内17名が常用雇用促進事業の従事者であった。常用雇用促進事業による賃金が就労・自立の支度金として役立っていることは事実である。
l 本事業に従事した人の中には、その対価としての賃金で自立した人がたくさんいる。最大で105,000円になるわけで、あとは自分の努力でなんとかしようとの気持ちになり、自立に貢献している。
○生活習慣改善および勤労意欲の向上に役立つ
l 事業従事者に対するアンケート調査でも常用雇用促進事業と就職との関係は明確に出ていないように思われ、常用雇用促進事業と就職は別物との考えもあるが、少なくとも常用雇用促進事業が生活習慣を身につけることや自分の肉体を点検することに有効であると考えている。
l 労働局としては3自立支援センターに職業相談員を配置しているが、職業相談員の印象としては、最初、働いていないときは表情に意欲が見られなかった。しかし、常用雇用促進事業に従事してから表情が明るくなって、生き生きしてきたとのことである。あるいは、これまでは意欲はあっても働くことができなったわけで、「働くことがこんなに楽しいものだったのか」との答もあった。
l 常用雇用促進事業で朝9時から夕方5時まで就労の拘束があるわけで、生活習慣を確立するうえで、一つの生活のリズムを作る効果があったと考えられる。また、働く意欲はあるが仕事がない状況の中で、植木職人としてプロの腕を持ちながらそれが発揮できない人もおり、その人には常用雇用の作業において助けられたこともあった。
l 常用雇用促進事業は勤労意欲の向上につながっており、中味の拡大を望みたい。
表3-3.平成12年度常用雇用促進事業対象者の状況
就職の状況(平成13年3月末現在)
○生活への意欲醸成
l 湾岸の除草作業は寒い時期で、比較的野宿歴の長い人が多かったことから作業員の体調や健康に気を配りながら作業を行った。賃金で新しく身なりを整えた人やそうした意欲を示した人が多く、常用雇用促進事業にもそうしたことが動機となって意欲を持って取り組んでいたように思う。
l また、施設側としては常用雇用の従事で得た賃金は自立の支度金として考えているが、従事者本人は違う考え方をしている。従事者本人にとっては生活を潤すものとの思いもあり、5,000円づつ支給したが、得た金をどのように使うかも検討すべき問題としてあるように思われる。
B事業の改善点およびその他
○仕事づくりでの工夫
常用雇用促進事業は緊急地域雇用特別基金を使った事業のため、大阪府が管理する施設等が訓練作業現場でなければならないことや既に外部委託等がなされている場合は、そこへの新たな参入となるようなことは避ける方向で事業の訓練作業現場(=仕事づくり)の努力がなされている。
このため、常用雇用促進事業に関わる「仕事づくり」という点では、新たな仕事の発掘の難しさや仕事内容のアンバランスが生じる可能性があるが、事業実施委託されたNPO関係者と事業参加者自身が協力して「やりがいのある仕事」「やって評価される仕事」を望んでおり、こうした点に配慮した「仕事づくり」も必要である。
○技能活用や職業訓練・スキルアップへの配慮
野宿生活者の中にはプロの技を持った人もいる。そうした技を集めた専門家集団をつくり、仕事を請けていくことも考えられる。また、常用雇用促進事業に従事することで、職業訓練やスキルアップにつながるような「仕事」が考えられないだろか。
もっとも、このような職業訓練やスキルアップは、本来の自立支援事業のスキームの中にきちっと位置づけ、担保した取り組みが必要である。
○事業参加者の生活意欲、健康・安全への配慮
野宿生活者は、働きたくても「仕事がない」という状況の中で、常用雇用促進事業に参加することで働くことへの意欲や楽しさを持ったと関係者から報告されている。
また、働いて得た賃金について、就労・自立への支度金として蓄えることも必要であるが、身なりを整えたり、限度はあるが嗜好品(ジュースやたばこ等)の購入に回したりする部分もあった方が、生活の潤いや意欲へつながってくると考えられる。
C緊急技能講習の実施
自立支援センター入所者の中から自主的にパソコン講習等の希望者が出てきた。そうした講習の希望があれば、大阪府としてもバックアップすることとし、フォークリフトやパソコン、住宅リフォーム等の講習修了者も3施設で8名あった。
また、自立支援センター入所者のスキルアップを図るため、フォークリフト講習を実施し、3施設で24人が受講した。
高等職業技術専門校では数多くの科目が整っているが、入校時期や訓練期間等の問題がある。平成13年度は、大阪府能力開発課ともタイアップして積極的に技能講習の情報提供を行っていく考えであり、職業相談員とも連携を図りながら一人でも多くの就職実現に繋がるように取り組みを行っていく。
(3)常用雇用促進事業の事業参加者アンケート調査結果
平成12年度に実施した常用雇用促進事業は、平成13年度においても継続実施の予定となっている。このため、本事業への参加者自身が、本事業に参加してどのような成果があったのか、あるいは就職決定の状況はどうか、といったことについてアンケート調査を実施し、今後の本事業の展開に資することとした。
次にアンケート調査結果のポイントとなるところを就職決定状況との関係において紹介する。
@就職の決定状況
図3-5.事業参加者の就職決定状況
次に、就職が「決まった」人および「決まりそう」な人について「就職決定グループ」、就職が「むずかしい」人と「あきらめかけている」人を「就職困難グループ」として分け、いくつかの項目について集計結果を示す。
A野宿期間
野宿期間の長さが就職の決定に及ぼす影響について気に掛かるところであるが、野宿期間の長短による影響はあるかもしれないが、このアンケート結果からだけでは決定的要因とは言えないように見られる。
「就職決定グループ」では1年未満の野宿期間の人が50.0%であるが、「就職困難グループ」で1年未満の野宿期間の人は43.5%であり、若干野宿期間の短い人は就職が「決まりやすい」傾向にあるかと思われる。しかし、野宿期間6ヶ月未満の「就職困難グループ」の割合は「就職決定グループ」のその割合と比べ高くなっており、また5年以上の野宿期間の人も「就職決定グループ」にある。図3-6.就職状況別野宿期間
B定時に働くことや指導員の下で働くことについて
常用雇用促進事業の目的には、「一定の拘束時間のもとで働くこと」や「指導監督の下で仕事を単独で、あるいは協同してやり遂げる」といったビジネス社会では「当たり前のこと」への準備訓練の意味もある。この「当たり前」のことへの適応ができなければ、たとえ就職できたとしても阻害要因となっていく可能性もある。
アメリカのホームレスの就労訓練プログラムでも社会適応やビジネスマナーの修得にかなりの時間や割かれているのが現状がある。
図3-7.就職状況別野宿期間
図3-8.就職状況別野宿期間
C面接回数
図3-9は、「就職決定グループ」と「就職困難グループ」の就職面接を受けた回数の構成比を示している。それぞれの母数そのもの違いはあるが、2〜3のことが指摘できる。一つは、「就職決定グループ」、「就職困難グループ」とも多くの面接に望み必死の求職活動を行っていることである。とくに、5回、10回と面接の上で就職決定している努力はすばらしいことであり、逆にそれだけやっても就職に結びつかない「厳しさ」があることである。
二つには、少ない面接回数で就職を実現することは望ましいことであるが、さまざまな事情はあるかもしれないが、「就職困難グループ」は何回も就職にチャレンジするという点では、「就職決定グループ」と比べ、まだ努力が足りないように見受けられる。
元野宿生活者にとっては面接までこぎ着けること自体が難しい面もあり、また、面接で断られた理由として、「自立支援センターにいることで白い目で見られた」や「多分、自立支援センターに入所していること」をあげている回答もあった。図3-9. 面接を受けた回数
D常用雇用促進事業関係者の効果的な連携
常用雇用促進事業が、自立支援センター入所者の生活習慣の確立や「職業訓練」的な意味合い、事業へ参加したことの対価としての賃金が自立への支度金となっている等に役立っていることは前述したところである。
野宿生活者の就労・自立のためにこうした事業を都府県レベル実施しているのは大阪府だけであり、今年度の成果・評価の上に、平成13年度も実施が予定されている。
しかし、先程もふれたように来年度の実施においては改善すべき点もあり、常用雇用促進事業に関わる関係者が十分な連携のもとに、より実効ある事業としていくことが必要である。
こうした視点からみると、事業関係者それぞれは自らの立場でその責任と役割を発揮していくとが求められ、それぞれ若干のスタンスの違いが見られる。
次にそうした各関係者の思いやスタンスの違いを相互に理解しながら、事業を進めることが重要との観点から関係者が一同に会し、事業の成果検討会を開催し、話し合った。以下、特徴的なところを次に紹介する。
(自立支援センター)
l 入所期間6ヶ月の出口問題を抱え、48名の退所者があったが、その内17名が常用雇用促進事業の従事者であった。常用雇用促進事業による賃金(対価)が、その後の就労・自立の支度金として役立っていることは事実である。最大で105,000円になるわけで、あとは自分の努力でなんとかしようとの気持ちになり、自立に貢献している。
l ただ、施設側としては常用雇用の従事で得た賃金は自立の支度金として考えているが、従事者本人は違う考え方をしている。従事者本人にとっては生活を潤すものとの思いもあり、5,000円づつ支給したこともあるが、得た金をどのように使うかも問題である。生活面から見ると、毎日の仕事で貯蓄が出来るわけで、やる気が出てきている人もいる。
l 就職活動や通院治療のために常用雇用促進事業に従事できなかった日数を、次の回(サイクル)にいかせていただくなどといった方法が取れるようにすることはできないか。また、入所のタイミングで事業に参画できないケースが出ている。入所して健康診断していると事業のスタートに間に合わず、実働30日間の期間限度の従事ができなくなる。あるいは、補充で作業に従事する場合、30日間の期間に届かないわけで、その対応が今後の課題である。
l アンケート調査でも常用雇用促進事業と就職との関係は明確に出ていないように思われ、常用雇用促進事業と就職は別物と考える。常用雇用促進事業が生活習慣を身につけることや自分の肉体を点検することに有効であると考えている。
l 西成の場合、建築・土木関係でその日暮らしをしてきた人が多く、自分の気持ちを「常用雇用」に向かわせるということで、有効であったのかなと思う。
l ワンクール期間、どこで、どのような作業に従事するか、一人一人の参加形態も異なるわけで、その辺りは事前に判るようにして欲しい。年間の作業スケジュールが判れば施設の方で一定の調整も可能となる。と同時に就労に結びつける何らかのプログラムが欲しいと考えている。
l 入所者は先の見通しがないことに不安を持っている。週2回の職業相談員の相談日を待っている状況で、常用雇用に従事しているときはまだいいが、何もすることがなければ自主的に退所してまたテント生活に戻ってしまう可能性もある。働ける人はみな働きたいと考えているが、もっと働きたいけど働けないということが問題である。
(大阪市)
l
常用雇用促進事業は勤労意欲の向上につながっており、事業規模の拡充を望みたい。
(大阪労働局)
l 労働局としては、3自立支援センターに職業相談員を配置している。職業相談員の印象としては、常用雇用促進事業に従事して表情が明るくなって、生き生きしてきたとのことである。あるいは、それまで意欲はあっても働くことができなったわけで、「働くことがこんなに楽しいものだったのか」との答もあったという。
l 常用雇用促進事業はキャリアアップのための事業ではなく、生活習慣改善の環境整備、条件整備であり、本人の就職への意欲を喚起していく職業訓練のための条件整備が必要であると考える。
l 運転免許が失効した人が何人かいるようであるが、何とかならないだろか。また、キャリアアップするための何らかの対応策、例えばフォークリフト講習とか、が必要であり、そのようなものを作って欲しい。
l 常用雇用促進事業で朝9時から夕方5時まで就労の拘束があるわけで、生活習慣を確立する、一つの生活のリズムを作る上で効果があったと考えられる。また、働く意欲はあるが仕事がない状況で、中には植木職人としてプロの腕を持った人もおり、作業では助けられたこともあった。
l 指導員としては、作業従事者の健康面と安全就労に気を配ったが、無理のない範囲でやれたように思う。草刈りや大型遊具の塗装作業に関わったが、作業従事者個人にとっても得手、不得手があり、そうしたことへ配慮した作業種類の選択が可能となれば望ましい。また、例えば利用者への配慮が必要な「やりがいのある仕事」であれば、作業に従事する方でもやる気の面で違ってくると思われるが、仕事をソツなくこなすことに精一杯という状況もあった。ただ、職業訓練的なものは必要であり、生活の糧を稼ぐという意味だけでなく、仕事に意義を見いだすような点からの考え方も必要である。
l 難しい仕事でもきちっと仕事をして評価を高めることで、次の仕事につながると考えて作業にあたっている。既存の業者と競合が生じ、仕事を奪うことがあってはならないと考えるが、一方では「アオカンは仕事ができない、できるのか」といったことに答を出すとともに、一期生、二期生が道を作っていくことが重要と考えている。現場を楽しくやることも必要である。
l 湾岸の除草作業は寒い時期で、比較的野宿歴の長い人が多かったことから作業員の体調や健康に気を配りながら作業を行った。賃金で新しく身なりを整えた人やそうした意欲を示した人が多く、常用雇用促進事業についてもそうしたことが動機となって意欲を持って取り組んでいたように思う。
l たばこやジュースも飲みたいがお金がないことから前借りしてたばこを買い、たばこを吸わない人はジュースを飲むということになる。ジュースの一杯も飲めないというのは無理なことで、(稼いだお金でジュースを飲むくらいのこと)その辺りの配慮は必要と考える。
(大阪府)
l 常用雇用促進事業が、生活習慣づけ、働くことへの意欲づけ、また、賃金が就労・自立の意欲づけになっているとの指摘があった。また、技能講習についても3施設入所者を対象としたフォークリフトの講習に24人が受講し、さらには緊急技能講習のフォークリフトやパソコン、住宅リフォーム等の講習への自主的な受講修了者も3施設で8名あった。講習は、平成13年度は大阪府能力開発課ともタイアップして積極的に情報提供していく考えであり、職業相談員とも連携を図りながら就職へつなげていきたい。
l 常用雇用促進事業は、連続して30日間働くことに意味があり、10日間働き途中で入院し、退院したあと、次のサイクルで残り20日間従事するということはできない。
また、現在の作業内容が技能講習とは違うということは認識している。しかしながら、大阪市が自立支援センターを立ち上げるという中で、緊急対応が必要であり、かつ財政的な面もあり、緊急地域雇用特別基金を使っている。その意味で訓練といいながら、一方では雇用という歪な形になっていることも理解して欲しい。訓練手当ということで実施できれば作業現場も府の施設に限る必要がないので、現場探しもこれほど苦労しなくて済んだと思う。3-3.民間諸団体の取り組み状況
(1)民間諸団体の取り組みの位置づけと役割
野宿生活者が増大し社会問題化していくこれまでの過程には、民間諸団体の積極的な取り組みがあり、そうした動きに地元自治体や国の具体的な動きが新たに加わった状況にあるといえる。
しかし、野宿生活者の問題は、いかに先進的、積極的な民間諸団体の取り組みがあったとしても、それらの力のみで解決できる領域を超えており、国をはじめ関係自治体、民間企業は言うに及ばず多様な諸団体、市民との協力連携なしには解決できないとの認識が必要である。
そうした認識のもとに、関係諸団体がそれぞれの役割、機能を発揮していくことが求められる。
「ホームレス問題に対する当面の対応策について」(前出)は、ホームレスに至る要因について、「ホームレスに至る大きな要因は失業であるが、社会生活への不適応、借金による生活破綻、アルコール依存症等の個人的要因によるものも増加し、これら社会的背景や個人的要因が複雑に絡み合っているものと考えられる」と述べている。
また、「ホームレスの自立支援方策に関する研究会」(前出)は、ホームレス問題の背景及び要因について、「ホームレス問題は、その時代における社会問題が複合的に絡みあって生じているものであるが、これは過去にも繰り返し現れた一つの貧困問題であり、近年の経済・雇用情勢等を背景として、今日また新たな形で出現している。」と述べている。
社会的貧困問題の解決に民間諸団体の力だけでは限界があり、国自らが貧困をなくしていくための一つの社会システムを率先して構築していくことが必要であり、そのシステムの中に民間活力、善意や相互扶助(ボランティア等)を組み込んでいくことが求められる。
今日、我が国の旧来の社会制度にさまざまな齟齬が生じている、いわば社会構造的転換を迎えているともいえ、野宿生活者問題に限らず現代的貧困への対応のために、社会的援護の新たなシステム構築が求められよう。
A民間諸団体の取り組みの支援と連携
野宿生活者問題における民間諸団体の取り組みは多様である。宗教的、人道主義的な観点からの取り組みや博愛主義的な発意からの取り組みもある。あるいは街づくりや主義主張による野宿生活者問題へのアクセスの仕方もあろう。
しかし、大事なことはこうした多様な取り組みが大きなうねりとなって、野宿生活者問題が解決の方向に向かうことが望まれる。そうした中で、民間諸団体のそれぞれの役割、国や関係自治体の役割が存在するはずであり、そのためには協力・共同、連携関係の構築が必要となる。
現在、野宿生活者問題への対応はスタートしたばかりの状態ともいえ、必要なことは先進的、あるいは熱心に野宿生活者問題に取り組んでいる諸団体、人々への国や自治体による早期の連携関係の構築、支援であろう。民間諸団体の取り組み事例については、ヒアリング調査や文献資料により次に取りまとめを行っている。
(お米の問題からテーマの広がり)
お米の勉強会は、1986年10月8日に始まり、毎月1回の例会を開催し、現在まで続いている。勉強会の始まりは、食管法やお米の輸入問題などから始まったが、その後、農業・食べ物から環境問題に至るまでテーマは広がってきている。
いろいろな立場の人たちが一緒になって、広い角度から問題の本質を勉強し、検討し、今後も現在以上にいい状態で農業が続けられ、質のいい食べ物が得られるよう、根本的な改革の方向を見いだすために勉強する。そして、会員の意見が一致したところについては、改革のための運動もする。そのためには、いろいろな立場の人たちから幅広く意見を聞くことに努め、また、意見の違う人たちが同じテーブルについて、自由に意見を出し合い、討論できる場として、この会が存在する。
会員は、消費者、生産者、流通関係者、マスコミ関係者など個人会員制で、現在約350名、各方面から多くの人々の協力も得て会は運営されている。会費は年間4,000円である。
お米の勉強会と野宿生活者−釜ヶ崎との関わりは、ビールメーカーに売っていた「くず米」を、「食べるのに困っている人がいるのであれば、送ってあげよう」との生産者会員の発案で始まった。そうしているうち、阪神・淡路大震災が起こり、被災した神戸市民への炊き出しも教会関係者との協力で始まった。
釜ヶ崎との縁は、能勢の棚田づくりで大淀寮の施設長にお世話になった関係で始まった。震災以降に、「食」だけでなく働く場−「職」も確保しようと支援の方向が生まれてきた。施設長が能勢農場に野宿生活者を連れて行ったことで、就農のきっかけができ、兵庫県氷上町の農家(M氏)でも受け入れをしていただいた。農村のような田舎で、普段見かけぬ人がいると目立つところで、身分保証のない人を受け入れることがどんなに難しいことか、察するに余りある。M氏はそれだけに留まらず、県にも野宿生活者の受け入れについて相談に行かれたが、県の農業担当者からは前向きな対応はしてもらえなかったとのことであった。
野宿生活者が就農の機会を得られたというのは、M氏のような篤志家、施設長のような熱心な仲介者があってうまくいったように思われる。本来は、役所や農協がそうしたことに熱心に取り組むべきことかと思われると同時に、不況業種指定のようなものに「農業」は入っていない関係で、雇用に関わる助成金のようなインセンティブを期待するわけにはいかない。
M氏の話によれば、今日、農業においては人手不足であるにもかかわらず、パートでも料金が安いということでなかなか来てくれないという。
ある時、アンケート調査を行った際、失業者がたくさんいる中で、外国人を労働者として受け入れることへの疑問が出されていたが、正論だと思われる。
兵庫県下のある町の農家を対象にアンケート調査を行った時、専業農家は100人に1人の割合で、専業農家以外の多くの農家は、農業は自分の代で「終わり」と思っており、そういう人は、農地を貸してもよい、住まう家もあると考えている。また、農家の人は、都市生活者より外国人の方が農業で働いてくれるのではないかと思っている。というのは、農家の人たちは工場で働く外国人を見ているから、そう考えるのであろう。
(日本農業再生に農村と都市生活者が手を結ぶ)
耕作されず荒れた農地も広がっており、日本の農業を再生していくためには、農村と都市生活者が手を結ぶ必要があると思う。現実に、野宿生活者のみならず都市には失業している人がたくさんいる。
農村への“入りにくさ”は厳然と存在するし、門戸を広げていく必要がある。ある町では、空き家農家の登録をして、受け入れを行っており、そうしたことに対する行政の役割は大きい。新しい住宅を造ることや新しく道路を造ったり、広げたりすることだけが、行政の仕事ではないはずである。
また、たとえ野宿生活者が就農・帰農しても、数が少ないと寂しくて帰ってしまうことになりかねず、初めは農業生産法人でアルバイト的にでも数人が一緒に住まい、農業に従事することも考えられる。せっかく就農・帰農した野宿生活者も、農業のことがよくわからず、何をしていいか戸惑っているとの話も聞く。就農・帰農する過程で、行政による事前研修を行うことができれば、抵抗なく農業に就いてゆけるのではないか。
野宿生活者を受け入れたM氏の思いは、お米づくりだけの農業から野菜づくりなどの展開も考えておられ、人を中心にした通年の農業のあり方を考えてのことである。
土地は自分のものだからとの農業意識を取り除くことは難しいだろう。しかし、山形の「ファーマーズクラブ赤とんぼ」では、グループで土地を耕しながら、賃仕事もするということをやっている。循環型農業の取り組みも行っている。本来、農地は個人のものでありながら、個人のものでないものだとも思われる。農業で働きたいと思う人が働けることが望まれるところである。
A生ゴミリサイクルと就農・帰農のリンケージ
(運動を“したたか”に続ける)
生ゴミリサイクルに取り組むNGOシティズンホームライフ協会のO氏は「野宿生活者の問題は、我々の生活と地続きの問題である」と考えている。運動をしたたかに展開することが必要で、きれいごとでは片付かない。店舗や工場が倒産したところの倒産品を扱う老舗のリサイクルショップがある。そこは、回収に6〜7人が従事するまでになっているが、“したたか”
に仕事を続けることの意味をうかがい知ることができる。
生ゴミリサイクルも答を出していきたいと考えている。利用価値があれば、公的な補助が付いたりするはずで、近畿農政局に足を運んだりしているが、まだまだPRが足りない。実験農場を作って、生産物の出来具合も見ている。
(生ゴミの循環で新たな就労が生まれる)
生ゴミ処理だけでは就労は生まれない。機械をみる人間が1人いれば済むことである。しかし、「生ゴミ」を循環させることで、新たな就労の機会が生まれる。生ゴミ排出→処理再生事業者→流通事業者→農業利用→生産物販売→消費者→生ゴミ排出…の循環過程、生ゴミ処理再生事業以外のところでは多くのマンパワーを必要とするところがあり、新たな就労の場となり得る可能性がある。
生ゴミは一般家庭からの回収は行っていない。品質にバラツキがあり、何が混入しているかわからない。家庭からの生ゴミ回収は、運動に関わっている市民のところのみで、学校給食や量販店等の大規模事業所が中心であり、その割合は、100tのうち、前者10t、後者が90tくらいである。
回収には、1人が、1件の回収先につき1s/日、1週間で7sの生ゴミを100件回収する形でローテーションしている。2人で1台のパッカー車を稼働させている。
(生ゴミ肥料に農家の関心は薄い)
生ゴミを肥料化したものに一般の農家は興味を持っていないのが現状である。このため、兵庫県篠山市に空いている土地があって、EM菌栽培で中心になりたいという人がいて、そこで生ゴミからできた肥料を使って有機野菜の栽培を行っている。それも、半年間の交渉の末にようやく実現した。
生ゴミ処理事業の循環の中で野宿生活者の就労を考える場合、農業生産の場で就労を実現していかなければならない。しかし、既存の農家ではそのことは困難であり、農業生産法人等受け入れ先としては望ましい。
また、野宿生活者は農業には素人である。この素人に農業を“教える”ことが必要になる。O氏は、「実験農場」をつくることが必要だと考えている。農業に素人の野宿生活者が、農業の基本をそこで身につける。そのために、大阪府・大阪市等の行政による支援も必要である。農業生産を基本において自給自足生活に取り組んでいる団体が存在するが、そうしたイメージを、実験農場に抱いている。
現在、研修機関としてある「○○協議会」とかは、技術の話ばかりであったり、生産物への補助をどうするとかが中心で、野宿生活者の就農に向けた研修・訓練という意味では役立たない。
生産物の販売においては、市民を巻き込んだ「援農クラブ委員会」の設立を考えている。露店での販売や、自転車による宅配、商店街の中での有機野菜の販売等が考えられる。自転車による宅配は、その範囲は限られており、まちづくりの中で十分機能していくと思われ、すでに市民運動として活発に取り組んでいるTまちづくり協議会へも提言しているところである。
自立支援センターも整備され始めて、野宿生活者が就労するうえで困難となっていた「身元」の問題も一定解決されつつあり、そうしたまちづくりへの参加も可能となる。生ゴミ再生利用の肥料を使った有機野菜栽培については、農水省や近畿農政局へも積極的に働きかけ、有機物協議会の組織化を考えている。今、1人でも、あるいは何人かでも有機野菜に目を向けてくれることが必要であるが、生ゴミは「タダ」の感覚があって、その価値を認めるに至っていない。大阪府にもリサイクル協議会はあるが、生ゴミをどうしたらいいのか方向性が出ていない。問題点をあげて、消去法で取り組んでゆけば、答はおのずと明らかになるはずである。
このような状況の中で、生ゴミリサイクルに“したたか”に取り組みを続けることが必要であると考えている。
B営繕事業について
(営繕事業の経験)
かつて、NGOシティズンホームライフ協会のO氏が取り組んでいた営繕事業は、阪神・淡路大震災があって、ブルーシートを大量に配布するなどした結果、経営(運営)がおかしくなってしまった。しかし、プロが明確な責任体制のもとで、設計から営業まで手掛けていけば、(腕に覚えのある野宿生活者を集め)雇用を創り出すことは可能と考えている。
(ニーズは必ず存在し、体制づくりが鍵)
網戸を修理して欲しい人やフスマの貼り替えを頼みたいと考えている人は必ずいるはずで、そうしたニーズに応えた営繕事業は十分成り立っていく。体制づくりが必要であるが、O氏自身は生ゴミ処理事業に取り組んでおり、核となる人材がいない。
かつて、営繕事業を立ち上げた時は、全国営繕事業協同組合とも連携を取りながら、30人くらいでスタートした。欠陥住宅問題も話題になっている頃で、A建築事業協同組合と消費者の窓口的機能を受け持つNGOシティズンホームライフ協会がタイアップする形であった。
営業としてはチラシをまき、プレハブメーカーの下働きのようなことから始め、徐々に事務所や作業場を確保し、受け皿を作っていった。スタッフの指導には、事業に加わるメンバーは、少なくとも、「自分はできる」と考えていることは確かであり、彼らのリーダーとして頭に立つ人間は、彼らに「腕」においても一目置くような実力とパフォーマンスができる人でなければならない。また、顧客の電話の受け応えは素人ではダメで、仕事内容等のモノごとが判った人間が応対しなければ、顧客は仕事を出してくれない。
(行政やマスコミ等の支持・支援の獲得)
組織としては、(責任の所在の問題があり)NPOでは限界があるのではないか。“リフォームはお金になる”ということで、いろいろなところの参入もある。地域の工務店とうまくタイアップしてやっていくことを考えるべきであろう。もっとも、3ヶ月間は仕事が来ないことを覚悟しなければならないし、リフォームだけでなく、介護もやるような「何でもやります」ということをチラシにも書いて、大量に宣伝していく必要がある。
それと、社会的公共性ということが大事であり、消費者の味方であるとのスタンスが必要になる。そのためには、行政の支持・支援や新聞等マスコミの支援を取り付けていくことが必要である。
C他地域等での就労・自立の取り組み
東京では野宿生活者とともに、野宿生活者の就労機会を開拓すべく活動を続けている団体、正式名称を「渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合」(略称「のじれん」)があり、1998年4月に正式発足以来、野宿生活者の生活改善と居住権の確立を求めて活動を続けている。
「のじれん」の野宿生活者の就労機会づくり、就労機会確保の状況について紹介する。
○NGOによる海外への救援物資積み込み作業手伝い
ベイルートの難民キャンプに送るという救援物資(コンテナ一台分)の積み込み作業に他のボランティアの人たちと一緒に従事。約3時間で賃金は5人で22,000円(交通費込)。
リサイクル活動などを行っている事務所で、回収した割り箸の箱詰め、物資の運搬、清掃などの軽作業に従事。1月から毎週、毎回2人が約3時間就労する。時給800円(交通費込)。
※受け入れ側の感想:
Y氏「まず野宿生活の人だからといって、特別なにも変わりはない、ということです。それでも、人それぞれ個性というか性格の違いはあり、本当に賃金をもらうための仕事というとき、役に立つ人、立たない人はあると思います。そのへん、うまく組み合わさった二人がくるものだ…といつも思っています。(中略)とにかく「のじれん」という一つの窓口の下に集い会う人達が、そうした力というか能力や性格の(年齢も)違いを乗り越えて、互いに助け合っていこうとする仲間意識が、わたしはとても素晴らしいと思っています。(中略)ともかく、ちょっとしたお金とか仕事といったものがあれば、それをきっかけにして、皆さんがワンステップ前進していけるなら、ぜひそのお手伝いを微力ながらさせていただきたいと思っています」
社会福祉法人が行っている事業で、トイレットペーパーの出荷用箱詰め、トラックへの積み込みの他、木材の運搬等の作業に従事。夜は、作業所の空室に宿泊し、5 名が4日間就業する。
農家の方の指示にしたがい農作業の手伝いに従事し、夜は離れで宿泊。2ヶ月間で延べ6日間、2名が従事する。
○手作り弁当の販売