寄書 貧民は北海道へ送れ
三軒家門多某
大坂府知事建野郷三氏は大坂四区中に貧民の巣窟あるは衛生上且対
面上其他種々の故障あるを以て今度莫大の金を張込んで西成郡難波
村へ一の貧民小屋を築造せしめんとの計画あり過日来連合町村会議
員を召集して之を議せしめらる其原案の成立如何は姑く措き小生退
いて之を考一考するに右の計画にては第一の名護町を廃して第二の
一大名護町を造出すならんと存候何となれば日々四五銭の端銭を得
て生計を立る細民を如何に新しき家に移せばとて其当分は清潔なる
も永遠の清潔は迚も居住人の負坦に耐ふ可らざればなり其れ然り然
れば夫の計画は五万円近くの大金を掛けて寸功なく詰る処は盗人に
追銭となるべければ小生は茲に他の方案を出すべし{1}は夫の貧
民等産業の如何により厳重の規則(四区及東、西成両郡に限り)を
設け右五万円を保助金として彼等に貸與へ以て一同を北海道へ移住
せしむるなり然るときは一は厄介払を為し一は産業に就かしめ一は
不毛の地を開墾して国益の一部分とも相成るべし聞く欧州諸国植民
地移住の策は多くは圧制主義に出るものなりと然るに我大坂の如く
貧民多き土地にして宛も慈母の赤子に於るが如く之を労りたらんに
は益々貧民増殖し将来いかなる禍害の湧出するや測るべからず実に
重大の事件なれば宜しくこの処置を断行せらるべし果して然らんに
は五万円を以て貧民の捨扶持をなし決して跡腹の病る気遣なく枕を
高うするを得べし人一挙両得あれば之を断行せざるなし今この挙の
如き一挙して三得あり大坂四区接近郡村の人々以て如何となす
著者:三軒家門多某
表題:貧民は北海道へ送れ
時期:18860908/明治19年9月8日
初出:大阪日報
種別:寄書/長町取払/