く資料3> フランスの社会的排除に抗する法(1998年7月29目)

1.概要と背景
フランスでは、「社会的排除に抗する法」の制定に向け10年以上にわたって議論が重ねられてきた。また、その過程では、雇用、住宅、医療などの個々の領域でいくつもの新しい施策が実施されてきた。したがって、今回の法律は、そうした成果を背景に、それらを包括的な一つの法の中に位置づけるとともに、さらにいくつかの新しい内容を盛り込むことを意図したものである。なお、この法律は、7月9日国会で可決されたが、反対派議員から憲法違反の内容が含まれているとして憲法評議会に提訴された。その審議を受けて、ようやく7月29日に成立した。その条文は、159条、A4用紙87ぺージに及ぶ膨大なものである。内容もかなりテクニカルな部分が多く、フランスの既存の施策を知らない我々にとっては、理解しがたい部分も多い。
また、こうした法律が制定された背景には、貧困・社会的排除の問題がフランスのみならずEU諸国全体で大きく影を落としていることを指摘しておかなければならない。たとえば、1993年のフランスの政府調査機関(INSEE)の研究では、EU諸国の全世帯の12%が貧困状態にあるとしている。ただし、この貧困概念は、国民の平均的生活水準の二分の一以下の水準にある世帯と規定している。ちなみに、もっとも貧困世帯が少ない国はデンマーク(4.7%)、逆に多いのはギリシャ(17.7%)、ポルトガル(18.9%)などであった。フランス(11.0%)、ドイツ(10.4%)、イギリス(13.0%)などは中位の水準にある(Le Monde,1998年5月21日)。以下ではActualite's Sociales Hebdomadaires,no.2080(1998年7月17日)から要点を抜粋して、内容を紹介しよう。

2.内容
法律の本文は、3つの主要な部分から構成されている。第1部は「基本的権利へのアクセス」、第2部「社会的排除の未然の防止措置」、第3部「社会的諸制度」となっている。
第1部では、さらに「雇用」「住宅」「健康」に分かれる。第2部は、「市民権の行使」「基本的生存手段の保障」「教育と文化」、第3部は「救急活動部門と社会的参入支援部門」「社会的活動を担う労働者の養成センター」「制度の相互調整」からなる。すべてを紹介することは不可能であるが、いくつか注目すべき点を指摘しておこう。

第1部「基本的権利へのアクセス」
〈雇用>
フランスでは、すでに1988年「社会参入最低所得 Revenu minimum d'Insertion(RMI)」が制定されている。これは、「受給者は、資格取得や就職目的のための研修によって社会復帰に努力する」という社会参入契約にもとづいて、失業保険を含む社会保障制度から排除されている25歳以上の者に支払われる。排除されている人を対象に、生存に必要な最低所得保障と社会参入促進を目指す制度である。
今回の法律では、これに加えてTRACEプログラム(trajectoire d'acce’s al'emploi)を設置して16歳から25歳の若年者の雇用促進を行う。また、社会・職業上の困難に遭遇した26歳以上の求職者に「技能養成契約」が用意された。さらに、「雇用・連帯契約」が就職に当たって最も困難な状況に置かれている人々(長期失業者、50歳以上の失業者、社会的最低限生活保障受給者、社会参入が困難な18〜25歳の若者)に重点化された。
<住宅>
20万人以上の人口密集地域にある空き家に対して課税措置をとる。これによって、従来の家賃より安い住居の提供を促そうというものである。また、社会住宅提供の諸制度を、機会の平等、徴用手続きの近代化などの点で改革を行う。
〈健康>
病気の予防措置や医療処置の機会が奪われている人々に対し、そうした医療行為を受けられるようにするための地域プログラムが作られた。
第2部「社会的排除の未然の防止措置」
<過剰な負債を抱えた世帯への対応>
過剰な負債を抱えた世帯に対しては、返済方法を分割方式にするとともに返済期間の延期を認めるなどの措置をとる。
〈市民権の行使>
ホームレスに対して自己確認証明書を交付し、RMIの支給を行えるようにする。また、承認されたホームレス受け入れ機関に居住場所があることの確認ができれば、投票権の行使、法的な救済措置へのアクセスが認められる。
〈基本的生存手段の保障>
「特定連帯手当(ASS)」や「社会参入手当」の給付額が、物価にスライドして変動するように措置をとる。また、これらの手当は、他人に譲渡したり他人によって押収したりはできないものとする。
まったく何も持たない者が生存していくための生活必需品を購入するための小切手(che'que d'accompagnement personnalise')を新しくつくる。これによって、生存に最低限必要な物資を買えるようにするだけでなく、文化、教育、スポーツ活動、交通機関の利用を可能にする。
〈教育、文化>
識字率の引き上げが、国民的な重要課題として位置づけられた。また、中学での全国規模の奨学金制度が設けられた。

第3部「社会的諸制度」
<救急活動部門と社会的参入支援部門>
ここ数年前に設けられた「社会連帯を支える商店」制度(boutique so1idarite')や「社会的緊急医療援助サービス」(SAMU sociaux)に、法的根拠を与える。
<社会的活動を担う労働者の養成センター>
この法律は、社会的活動を行う労働者の養成センターに法的・財政的根拠を与えるよう、規定を強化した。
〈制度の相互調整>
制度の領域では、貧困と社会的排除についての監視・研究機関の創設を準備することが述べられた。

以上、ごく簡単に「社会的排除に抗する法律」の要旨を紹介した。これだけでは十分に理解しがたいが、それでも、日本における貧困問題や日雇労働者(とくに高齢者)・野宿生活者問題への取り組みとは相当異なっていることが分かる。
日本では、戦後とくに60年代から70年代にかけてできあがった制度が硬直的に維持されてきたのに対し、フランスをはじめとするEU諸国では実態の深刻さもあって、新たな政策が次々に打ち出されてきた。日本は、そこから学ぶべきものも多いはずである。