1993年10月13日

「ヒッピーはヤッピーになれるか」を考える会各位殿

株式会社テレビ東京 常務取締役制作担当
テレビ東京「人権・放送倫理委員会」委員長 倉益琢眞

「浅草橋ヤング洋品店」プロデューサー 伊藤成人

テレビ東京の責任において制作し、テレビ東京系列(大阪地区ではテレビ大阪)で放送している番組「浅草橋ヤング洋品店」の中に、「ヒッピーはヤッピーになれるか」というコーナーがありました。

このコーナーは現在、放送しておりませんが過去に五回、断続的に同番組の中で放送いたしました。

このコーナーの内容は、東京や大阪の、主として公園で野宿している人びとに、番組の司会者のひとりが、「ヤッピーに変身してみませんか」と協力依頼をし、協力を得られた人が、同行したファッションデザイナーの考えるヤッピーに変身してもらい、スタジオに集まっている観客の反応を加えて、作ったものであります。

「浅草橋ヤング洋品店」の本来の企画趣旨は「身なりというものは社会から強制されない、個性と自由の表現であって欲しい」と考える若者たちを対象にしたファッション・バラエティ番組であります。

今般貴会から「ヒッピーはヤッピーになれるか」のコーナーについて、文書および10月5日の集会において、その差別性について次の指摘がありました。(またこのコーナーの差別性については、それ以前に電話での指摘もありました。)文書の中には10項目についての対話の要請がありました。その中にはもちろん、当然なぜこの10項目についての対話を要請したかについての主旨が記されております。10項目は次のとおりであると私どもは理解いたします。

@番組の中でヒッピーと呼ばれている人ひどはどんな人びとを指すのか。

A番組の中で、衣装を変えるコーナーがあるが、道行く若者たちと野宿者との違いはどのようなものか。

B若者たちが衣装がえした後は感嘆・驚きの声があがるが、野宿者の場合は笑い声も混じり、反応の違いがあるのはなぜか。

Cなぜ野宿者の場合は散髪・入浴が必要なのか。

D野宿者に出演依頼をする際に司会者がタバコや缶ビールを突き出していたが、通常初対面の人にそういう接し方をするのか。

E「ヒッピーはヤッピーになれるか」のなかで、司会者が番組名を「一つ橋の下で」と紹介した際、その上に笑い声がかぶさっていたが、その笑いは何に向けられていたのか。

F衣装変えだけで、「ヒッピーはヤッピーになれる」と制作者は本当に考えているのか。その意図は何か。衣装変え以外に、制作者は野宿者に対しどのような接触をしたのか。

G衣装変えについて出演者の同意を得たとしても、放送について同意を得たのか。同意を得たとすればその条件は何か。

Hいわゆる有名人の場合、その人の意見はあくまでもその個人の意見として一般にはうけとられるが、匿名性の高い人を取材し、その情報を不特定多数の視聴者に流した場合その人の属する社会層全体のイメージとして視聴者に認識される。同時にその人の属する社会層へのメッセージとして受けとられる。したがって、一人の野宿者を取材した場合、それに対する視聴者のリアクションは野宿者全体に及ぶと考えられ、また番組で作られ伝えられたメッセージの影響は野宿者全体に及ぶと考えられる。制作者は、その点をどう考えるか

I横浜・寿町の野宿者襲撃事件をどう考えるか。

 以上、文書による10項目のご質問および釜ケ崎における確認集会を経て、私どもは次の事を確認いたしました。


[確認事項]

1、私どもは、「ヒッピー」と呼ばれる人たちは、社会と隔絶し、自由に生きようとする人たちと考えております。したがって、概ね「ヒッピー」を「労働者」と結びつける考え方は私どもの中に存在しませんでした。

しかし、確認集会を経、また釜ヶ崎の日雇労働者と野宿者の実態にいささかでも触れた現在、いままでの私どもの考え方には大きな誤りがあったことを知りました。

野宿者は、結果としてそれを余儀なくされている労働者であるということであります。

2、衣装変えのコーナーで若者たちと野宿者の違いをどうかんがえているかとのご質問には、それに続くBーEまでと深い関わりがあると判断いたしますので、包括的お答えさせていただきます。

まず、街を行く若者たちに衣装変えの協力を願ったのは、「おしゃれ」という範囲であるのに対し、野宿者に対してはヤッピーという極端な対比を設定したこと。その対比の上に笑いが成り立っていることはご指摘のとおりであります。

したがって、それにつづく観客の笑い声の反応、風呂に入ったり散髪をしたりするシーン、野宿者に依頼する際タバコや缶ビールを差し出したりするシーン、番組名を「一つ橋の下で」などと言っているシーンなど、野宿者に対する差別の上に成り立ったものであると指摘されても反論の余地はありません。

3、衣装を変えただけでヤッピーになれるとは考えていません。しかし、見かけだけで人格まで判断してしまう世の中にたいするひとつのアンチテーゼとしての側面が、私どもの制作意図にあったことを申し添えます。

4、同意を得られた人にのみ衣装変えをお願いしたのは当然であります。放送についての同意も、その時点で得られていると考えています。その際私どもは謝礼として記念品程度のものを差しあげました。これは、若者たちと同様であります。

5、確かに、いわゆる有名人と違い、匿名性の高い個人を取材し、その情報を不特定多数に流す場合、その人の属する社会層全体のイメージとなって伝わる場合が多いと考えられます。

しかし、テレビの番組には多様なジャンルがありいわゆる有名人でなくとも、一個人の生き方の主張、他の何人とも違った個性を伝えるものも多くあります。

ご質問の主旨は、私どもが野宿者に対する正しい認識がない上で、視聴者の多くに、野宿者に対する差別・偏見を植え付けたとのご指摘であると考えます。

6、「横浜寿町の野宿者襲撃事件」は極めて残忍な事件としてはっきりと記憶しております。無抵抗の人間を多勢の者が面白がって殺す、これは野宿者に向けられた以上な差別性の結果として、慄然とするものがあり断じてあってはならない事件であると考えております

以上、貴会からのご質問に対し、私どもの見解をお伝えいたしました。

また、「(差別性について)とくに社会的に大きな影響を及ぼす立場にある者は、その立場ゆえに自己の考え方・判断について常に自己検証をする責務も大きい」とのご指摘どおり、マスコミに働く人間すべて、絶えず差別について自らを問いただすことが重要であることは論を俟ちません。

さらに、電話で差別性を指摘された後も、このコーナーをひき続き放送したことは、差別についての自己検証が責任者および制作者の間で行われていなかったことを証明するものであり深い自省の念を禁じ得ません。


[今後の社内の取り組み]

テレビ東京内に組織されている「人権・放送倫理委員会」、およびテレビ大阪に組織されている「人権問題研究推進委員会」において次のことを確認いたします。

@今回の「浅草橋ヤング洋品店」の中の「ヒッピーはヤッピーになれるか」における問題は、局として人権問題、差別問題への取り組みの脆弱さから発生したものと自覚すべきである。

A人権を尊重し差別を行ってはならないことはいうまでもないが、何が差別なのか本質が正しく認識されていなければ、今回のような事件はくり返し起き得る性格のものである。
差別を言葉だけの問題で捉えるのではなく、正しい認識と意識で捉えなければならないことを、本委員会が中心となって全社員および番組に関わる社外のスタッフに徹底させる。

「共同討議をおえての要望」に対するお答え

[ご要望]

@私たちの指摘について「社」としての見解をまとめられ、文書で私たちに伝えられたい。

 (お答え)別紙文書にてお答えいたします。

A私たちの見解全てに納得するしないにかかわらず「浅草橋ヤング洋品店」の番組の中で、私たちが指摘した内容を紹介されたい。

 (お答え)この番組の中で貴会からのご指摘の内容を紹介いたします。

文面については改めてご相談申し上げます

文案

この夏放送した「ヒッピーはヤッピーに」企画について、様々なご意見や批判が寄せられました。大阪・釜ケ崎の労働者の皆さんからは、「野宿する労働者を笑いの対象とすることは、野宿を余儀なくされている労働者に対する差別である」との指摘がありました。 この不況のため仕事に就けず、野宿を余儀なくされている多くの労働者のご指摘に対し、番組としてお詫びいたします。

B同コーナーの放映分すべてについて誤解なく問題点を双方で確認できるよう、当方に提供されたい。

(お答え)先般ご説明したように、すべてのテレビ番組は放送以外の目的で使用しないというのがテレビ業界の鉄則であります。
理由は、我々の自由な取材を保証するための守秘義務および著作権上での問題であります。 これはいかなる例外も許されないと考えております。

C意見交流の結果、野宿者差別をいささかでも助長したと言う認識を得られたのであるならば、それを訂正するための努力、企画を立てられたい。

(回答)今般、私どもが日雇労働者および野宿者の実態をいささかでも認識したという点から、あくまでも私どもの自主性において、差別をなくすためニュース報道番組などでの企画・立案を検討したいと考えております。

D一〇月五日に引き続き集会を持ってほしい。

 (回答)すでに一〇月五日、引き続き集会に出席し話し合いをする約束をしております。

E集会の様子をテレビ大阪のニュースで伝えてほしい。

(回答)テレビ大阪としては、今回学んだ日雇労働者の実態について人権問題推進委員会を通じて社内の認識を深めるよう一層努力するとともに今後のニュース・報道・番組制作活動に反映させていきたいと考えております。

以上

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