「大阪市における野宿生活者対策のとりくみ」

                                       大阪市職員労働組合・大阪市従業員組合

はじめに
 長期化する不況の中、それに伴う失業率の増大によって大都市を中心に野宿生活者が増加しています。大阪市においても、市内全域に野宿生活を余儀なくされる人が急増し、大きな社会問題となっています。
 また、これらの問題は、建設日雇労働市場の縮少と日雇労働者の高齢化等による釜ヶ崎地域における増加にとどまらず、建設日雇労働等の経験をもたない、いわゆる非「釜ヶ崎」層が市内全域に拡大しているなど、これまでの「あいりん」対策としての行政対応だけでは問題解決がはかれないという、困難性を伴っています。

大阪市としての体制および具体事業
 このような状況のもと、大阪市は、99年7月に、野宿生活者対策を全庁的・総合的に推進するため、国と大阪市をはじめとする関係自治体で構成する「ホームレス問題連絡会議」によってとりまとめられた「ホームレス問題に対する当面の対応策」を基本的な指針として、野宿生活者対策に関する施策を総合的かつ円滑に推進するため市長を本部長とする野宿生活者対策推進本部を設置してきました。
 また、野宿生活者のおかれている深刻な状況ならびに緊急性に鑑み、臨機応変に推進本部業務を遂行する観点から自立支援事業、雇用創出促進、保健医療対策、地域環境整備の4課題について部会が設置されてきました。
 これらの体制のもと具体的な野宿生活者対策事業として巡回相談事業、自立支援センター事業、特定公園における仮設一時避難所の設置、雇用創出事業等をおこなってきました。
 さらに、野宿生活者に対する総合施策案を構築するにあたり、幅広く第三者の意見を聞くという立場から、学識経験者、NPO団体、労働団体、住民代表、弁護士等で構成する『大阪市野宿生活者(ホームレス)対策に関する懇談会」が設置され、この間、98、99年度に実施された野宿生活者概数・概況調査、聞き取り調査の結果をふまえ、野宿生活者の動向・ニーズ、効果的な自立支援策のあり方、その他の野宿生活者に関する重要事項について検討し、大阪市に対する助言ととりまとめに向けこの間議論が進められてきています。

野宿生活者問題に対する労働組合の基本認識
 「ホームレス問題連絡会議」がまとめた「ホームレス問題に対する当面の対応策について」も、その内容はあくまでも「当面の対応策」であり、「野宿生活者問題をどう捉えるか」という観点から出発した対応策には程遠い内容となっています。
 日本において野宿生活者問題は、一義的には大阪:釜ヶ崎をはじめとした、いわゆる「寄せ場」を中心とした日雇労働者の課題として捉えられていました。「豊かな日本においてはまじめに努力をすれば野宿生活をしなくても生活はできる。野宿生活をしているのは、本人の努力がないから」というステレオタイプ的な市民意識に象徴されるように、多くの人々にとって関係のない、野宿生活者本人の「自己責任論」としての捉え方が支配的であり、「野宿生活者問題をどう捉えるか」ということについては、十分な議論がおこなわれてきませんでした。
 このような中で、野宿生活者に対する市民からの偏見や差別的な視線、就労にあたっても野宿生活者をあからさまに異質者とみる企業・社会の閉塞性等、野宿生活者は社会的に援護を必要とする対象者でないかのような極めて厳しい実態も明らかになっています。
 また、現場で対応する自治体労働者としても、事業実施あるいは日常業務の中で、規則や条例といった側面と、人道的な立場から野宿生活者の生活権を確保しなければならない必要性の狭間に立たされながら、対応に苦慮しているのが実情です。
 このように、「野宿生活者問題をどう捉えるか」という点について、十分な議論と結論付けがなされないまま、まさに「当面の対応策」として施策が実施されており、現場での具体対応に様々な影響を及ぼしていることから、改めて議論の出発点として、「野宿生活者問題をどう捉えるか」ということを整理することが重要です。
 野宿生活者問題については、経済システムからの疎外による貧困問題にとどまらず、基本的に戦後の政治・経済・社会システムの行き詰まりによる貧困問題として捉えることが妥当であると考えます。いわば、政治システムが問題解決の対象としてこなかったことに加え、社会システムからも排除を余儀なくされている人権問題も内包した「社会的な貧困問題」として捉える必要があり、野宿生活からの脱却−社会再参入のための方策の確立が求められていると考えます。

市職のとりくみ
 こうした状況の中、大阪市職として課題認識の全体化や総合的・抜本的な具体施策の構築にむけて、労働組合として政策提起をしていくために「野宿生活者対策プロジェクト」を設置してきました。
 プロジェクトでは、関係支部から委員を選出いただき、関係職場での野宿生活者問題について対策の現状をまず相互に共有化するとともに、自立支援センター、仮設一時避難所等の施設見学も実施しながら、総合的・抜本的な具体施策の構築にむけての議論をおこなってきました。
 2001年3月16日には、「野宿生活者問題の抜本的解決に向けて大阪市職講演集会」を開催し、プロジェクトでの議論の中間報告をおこなうとともに、「釜ヶ崎における保健・医療の現状と課題〜大阪社会医療センターの役割と今後の課題」と題して大阪社会医療センター労働組合の宗書記長より現場の報告をうけるとともに、「野宿生活者の実態とその課題」と題して大阪市立大学教授の福原宏幸さんより講演を受けてきました。
 その後も、集会での中間報告の内容にさらに検討を加えながら作業を進め、就労自立のための施策、保健・医療施策、福祉施策、住居施策、施策実施にあたって住民理解等を項目とする提言を取りまとめてきました。

市従のとり<み
 大阪市従として、野宿生活者増大は深刻な社会問題であり、その解決にむけ人権を尊重し、雇用、福祉、保健・医療、住居等の緊急かつ総合的な施策が求められているとの認識のもと、実施にあたっては全庁的な体制の確立と、国・府レベルでの対応策も必要であることから「政策担当者会議」の中で政策的視点から、協議・検討を積み重ねてきました。また対策上、派生する業務的な課題については関係支部との連絡体制が必要との判断から「市従野宿生活者対策連絡会」を政策担当者会議の中に設置し、課題解決にむけた横断的な検討・協議を行い「野宿生活者対策推進本部」との労使協議に意見反映させてきました。
 とりわけ、自立支援センター及び特定公園における仮設一時避難所への入所に関わる残存テント・小屋掛け等の撤去作業を、現場組合員の理解とともに区行政連絡調整会議小会議での連携を活かし、日常業務と併行して行ってきました。
 また「就労支援」など当事者の意見を聞くためにも日常的観点から、NPO・釜ヶ崎支援機構と連携を図るとともに「長居公園一時避難所入所者への生活訓練の一環としての就労支援事業」や2001年5月1日「緊急雇用特別基金事業」を活用し、迷惑駐輪対策を実施してきました。
 これら組合員の理解と連携のもと、円滑に進められてきた事は、野宿生活者問題が今日の資本主義社会の矛盾から生じた社会問題であるということを、組合として認識を共有してきた帰結であると考えます。
 このように、現業職場は常に市民と密着した職場であることから、行政の一員としての立場と野宿生活者問題の基本認識から市従としての対応を追求するとともに、大阪市としての抜本的な解決にむけた対応策を今後も求めていきます。

市職・市従共同のとりくみ
 大阪市職・大阪市従として、野宿生活者問題は、深刻な社会問題であり、啓発活動をはじめとした市民の理解と地域の協力が得られるような施策の検討とともに、人道的立場に立った総合的・抜本的な施策が必要であるとの認識のもと、この間とりくみを進めてきました。
 とくに、市への対応として、この間の現場や支部における懸命なとりくみを受けて、「市民の健康と福祉対策推進協議会」(労使協議会)を節目としながら、総合的・抜本的な施策としての「大阪市としての当面の対応策」の策定をはじめとして、具体施策の推進について市側の責任ある対応を求めてきました。
 労使協議会での指摘事項としては、当面の対応策の内容にかかわって−総合的な施策を確立する自立支援のための「大阪市野宿生活者対策指針」として策定するとともに、基本理念、施策の方向性や事業の目的について明確にしたうえで、この指針にもとづく具体的な対策事業の体系化をはかることや、その指針策定にあたって、2001年にとりまとめられた総合的調査研究報告書(以下「研究報告書」)や有識者懇談会での議論、この間実施している野宿生活者対策事業の検証から浮き彫りとなる実態や課題を十分にふまえるとともに実行計画の策定やその進捗状況の管理については、市民、NPO等関係団体、経済界、労働界、学識経験者等幅広い意見を反映させることを求めてきました。
 また、この間、国の「当面の対応策」に基づいて各局において個別事業が展開されている中で、大阪市として総合的な視点に立ちながら各局連携のもとで施策の有機的な連携・実施が求められる中で、大阪市野宿生活者対策推進本部の有効活用・機能発揮を求めてきました。
 また、大阪市の当面の対応策の策定に向けて、市職・市従両本部として、市側に対し2001年12月3日には「野宿生活者対策に関する申し入れ」を行ってきました。(別紙資料参照)
 さらに、運動的には、連合大阪と連携しつつ、2001年1月に策定された「野宿生活者(ホームレス)に関する総合的調査研究報告書;大阪市立大学都市環境問題研究会(以下、総合的調査研究報告書)」に関わる概数、概況調査や聞き取り調査への労働組合としての積極的な参加、NPO団体と連帯したとりくみとして、自立支援センター・仮設一時避難所の入所者を対象に開催される靴の修理講習会にあたって、教材となる古い靴収集のとりくみ、また、「ホームレスの自立等の支援等に関する臨時措置法案」の国会上程にあわせて、その早期成立にむけて国会請願行動や府庁前集会への参加、「請願署名」に積極的にとりくんできたところです。

おわりに
 野宿生活者問題は新たな都市問題として私たち自治体労働者に対して多くの課題を投げかけています。新たな問題であるがゆえに、それらに対応する法制度がなく、既存制度の活用では限界がある中で、その矛盾が行政の現場に現れています。
 長引く経済不況や、現在の「構造改革」の動きの中で事態はますます深刻化することが予想され、そうした時に、行政として対症療法的な対処のみならず抜本的な対策の構築が急務の課題になっています。 野宿生活者対策については、日本全国レベルでの広域的な課題であるとともに、雇用・福祉分野における関連法の改正や新たな法整備を求めるものであり、具体施策・事業にかかる財源の問題もあることから、自治体のみの対応には自ずと限界があり、基本的に国の政策課題として捉えなければならず、したがって、野宿生活者対策の基本理念や自治体と国の責務等を明確にした「特別立法」の制定が必要です。
 そうした意味で、「ホームレスの自立等の支援等に関する臨時措置法案」の一刻も早い成立が望まれるところです。
 また、全国の中でも突出して野宿生活者数が多い大阪市でのとりくみが全国的にも注目されており、自治体としての自主的・主体的なとりくみも重要です。
 自治体現場では今なお多くの問題を抱えながら現場対応が行われているところですが、現場で矛盾を生起している反面、解決に向けた政策を提起できるのも、野宿生活者問題に対処している自治体であり、市職・市従両本部として今後とも現場・支部と連携を図りながら市に対するとりくみを強めていくとともに、広く野宿生活者問題への市民理解を図るために運動的な視点からのとりくみを進めていきたい。


                                                                                    2001年12月3日
大阪市長磯村隆文様
                                                 大阪市職員労働組合 執行委員長 栗山和雄
                                               大阪市従業員労働組合 執行委員長 嶋田道雄

 野宿生活者対策に関する申し入れ

 野宿生活者問題は、大都市に共通する課題であり、日本の経済動向や現代社会のあり方にも深く関係していることなどから、大きな社会問題としてある。
 そうした中、大阪市においては、野宿生活を余儀なくされる人が市内全域に急増している。市として、99年以降、野宿生活者対策を全庁的・総合的に推進するため、市長を本部長として設置された野宿生活者対策推進本部のもと、具体的な野宿生活者対策事業として巡回相談事業、自立支援センター事業、仮設一時避難所の設置、雇用創出事業等がおこなわれているものの、抜本的な解決に至っているとは言えない。
 この間、労働組合としても、施策の実施にあたっては、決して自己責任論に帰結することなく、野宿生活者問題を社会的な問題として捉え、緊急かつ総合的な対応策が求められる中で、とくに仮設一時避難所については、あくまでも緊急的・過渡的・限定的なものとして位置付けることを基本としながら、連合大阪と連携しつつ、現場や支部における懸命なとりくみを受けて、政策的観点から個々課題について検討をおこなうとともに、「市民の健康と福祉対策推進協議会」を節目としながら、「大阪市としての当面の対応策」の策定と具体施策の推進について市側の責任ある対応を求めてきたところである。
 ついては、「野宿生活者対策に関する大阪市の当面の対応策」の策定に関わり次のとおり申し入れる。
 なお、施策の実施にあたっては、関係支部−所属間をはじめ、両本部への十分な説明と事前協議を遵守すること。

 

当面の対応策の策定と各施策内容に関わって

1.
「当面の対応策」の内容については、基本理念、施策の方向性、事業目的など体系化した具体対策事業および事業を計画的に実施するための実行計画等が盛り込まれた「大阪市野宿生活者対策指針」として策定すること

2.現行の大阪市野宿生活者対策推進本部を、より全庁的なとりくみを推進できる体制として確立すること

3.指針策定、実行計画の策定やその進捗状況の管理については、市民、NPO等関係団体、経済界、労働界、学識経験者等幅広い意見を反映させること

4.就労支援策に関わっては、自立支援センター事業の充実を基本としながらも、行政、企業、市民・NPO、労働界の連携による就労支援ネットワークの構築等による新たな雇用創出促進を視野に入れたとりくみとして推進すること

5.保健・医療施策に関わっては、深刻な課題である結核対策について、患者の早期発見と確実な治療につながる医療体制の確保とともに、感染症対策をはじめ、健康検診の実施、医療機会の保障などの一般施策を充実すること

6.福祉施策に関わっては、とくに生活保護制度の適用について、法の原則にもとづくことを大前提とするとともに、2001年3月の厚生労働省通知「ホームレスに対する基本的な生活保護の適用について」等をふまえた現場での対応が図られるものとすること

7.住居施策に関わっては、国連人権規約により権利保障されている「居住権」を確保する観点から、公営住宅の活用や、民間賃貸住宅への入居を促進することに向け市としての施策を確立すること

8.仮設一時避難所建設に見られるように大公園の対策にとどまることなく小公園や道路、河川敷における野宿生活者に対して、市としての方策を示すこと。またその際、強制排除にならない対応をおこなうこと

9.その他、一連の施策推進にあたって、関連施設の建設や事業の推進に際して、住民理解を得るために積極的な啓発活動と情報開示にとりくむとともに、市民・NPOと連携をはかりつつ事業を実施すること

現行事業における事業改善に関わって

1.現行事業について、当初の目的、効果が果たされてきているか点検・検証を行いながら、今後の施策に活かしていくこと。その際、自立支援センター、仮設一時避難所の退所者についても状況把握を行い、今後の施策に反映させること

2.自立支援センター事業において、独自の職業訓練メニューの創設やよりきめの細かい職業相談等、就労支援の機能を充実させること

3.自立支援センター事業についての理解を深め、協力を促すために、より一層企業や市民への積極的な啓発を推進すること

4.仮設一時避難所において、心身ともにケアが必要な入所者が多いことから、生活訓練のとりくみ拡充、心身の健康回復のための専門的なカウンセリング等のとりくみを強めること

5.自立支援センターだけではなく仮設一時避難所においても、生活相談・指導や就労促進等の機能充実をはかり、自立のための支援を強めること

6.西成公園、大阪城公園における仮設一時避難所の設置にあたっては、地元周辺の理解・協力を得れるよう市として十分な対応を行うこと

国への要望に関わって

1.公的責任として就労自立支援を促進する観点から、現行の地域雇用特別交付金事業の継続と拡充あるいは、地方自治体において「雇用促進施策」を推進するための財源措置をはかること

2.国においては、現在「構造改革」の議論が進められており、その具体化においては、失業率の増大など事態が深刻化することが予想される中で、野宿生活者への対策のみならず、野宿生活に陥らないための予防施策の充実も求められるところであり、雇用・福祉分野における関連法の改正や新たな法整備など社会保障制度の充実を求めること

3.野宿生活者対策の基本理念、国・自治体の責務、財政措置等を明確にした「ホームレスの自立の支援等に関する臨時措置法案」を早期に成立させること